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大阪高等裁判所 平成6年(う)413号 判決

本籍

和歌山県伊都郡高野口町大字伏原七〇五番地

住居

和歌山市中島五四三番地の三六

会社役員

谷口清次

昭和一四年一一月二六日生

本籍

和歌山市中之島八八九番地

住居

同市加太四一四番地

農園関係従業員

北田叔男

昭和一三年二月一六日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、平成六年二月三日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 松岡幾男出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人谷口清次の本件控訴の趣意は弁護人提中良則作成の控訴趣旨書記載のとおりであり、被告人北田叔男の本件控訴の趣意は弁護人齊藤洌作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これらに対する答弁は検察官三ツ木輝彦作成の各答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

各論旨は、要するに、原判決の量刑は、各被告人に対し刑の執行を猶予しなかった点において重過ぎて不当であるという主張である。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実調べの結果をも参酌して検討する。

本件は、全国自由同和会和歌山県連合会(以下、「全自同」という。)の事務局長兼理事であり、かつ、その下部組織である和歌山県経済商工連合会(以下、「経商連」という。)の事務局長でもあった被告人谷口清次(以下、「谷口」ともいう。)と、税務知識があり谷口から依頼を受けて経商連の仕事を手伝っていた被告人北田叔男(以下、「北田」ともいう。)の両名が、全自同名誉会長兼経商連会長の坂本肇や不動産を売却譲渡して所得のあった納税義務者らと共謀して、平成元年度及び平成二年度の納税申告に関し、虚偽の領収書等を作って架空の譲渡原価を計上したり、虚偽の不動産売買契約書を作って譲渡金額を圧縮したりして、内容虚偽の確定申告書を所轄税務署に提出し、右納税義務者の所得税を免れさせたという、所得税のほ脱事案である。

坂本や谷口らは、他からの紹介などにより多額の納税義務がある者を知ると、全自同がその税務申告を代行することにより脱税を行わせ、納税義務者からカンパと称して脱税分の中から金銭を拠出させ、これらを同和活動資金や幹部である自己らの利得に回すことを企み、これを主たる目的として全自同の下部組織として経商連を設立したことがうかがえ、谷口関与分は五件でそのほ脱税額は合計三億五四三八万余円に、北田関与分は七件でそのほ脱税額は合計四億五〇八五万余円に上るのであり、ほ脱率も六七・五パーセントのもの(谷口の原判示第四の一)が一件あるものの、その余はいずれも九〇パーセント前後であって極めて高率であり、また、ほ脱の方法も、前記のとおり虚偽の工事請負契約書等を作成するというまことに悪質なものである。

被告人両名に関し、各所論は、同和団体を介して申告する同和地区に対する課税については、税務当局が「半額納税」ないし「五割減免」を認め、同和活動費を捻出することを容認してきた実態があり、被告人両名はこの実態を認識した上で本件各犯行に及んだのであるから、この点は、情状を考える上でも、十分しん酌されるべきであると主張し、昭和四五年二月一〇日付け国税庁長官通達(以下、「長官通達」という。)などをその根拠として挙げている。

そこで、右の点につき検討するに、関係証拠によれば、所論の長官通達は、昭和四〇年八月一一日に同和対策審議会の「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」についての内閣総理大臣あての答申がなされ、ついで昭和四四年七月一〇日に同和対策事業特別措置法が制定公布されたのに伴い、全国の国税局長に発せられたもので、その本文は、「〈1〉職員に対し、同和問題に関する認識を深め、国家公務員としていやしくも法の精神に反するような言動のないよう周知徹底をはかること。このため局署において実情に応じ職員に対する研修等を実施すること。〈2〉同和地区納税者に対して、今後とも実情に則した課税を行なうよう配慮すること。」というものであることが認められる。いうまでもなく、我が国では租税法律主義(憲法八四条)が採用されており、租税の創設改廃のほか、租税の具体的内容、すなわち、課税対象、課税標準、税率、納税義務者などはすべて法律で定められなければならないところ、税法上同和地区に対して税の負担を軽減するような規定はなく、国税庁長官といえども通達により税法の内容を改変することは不可能であるから、長官通達が租税の減免の根拠とはなり得ないのであって、このことは右通達の文言からも明確である。もっとも、関係証拠によれば、不動産取得税などの地方税については、地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律の趣旨に照らして、同和対策事業に係る不動産の譲渡等について、条例により減免措置が定められていることが認められるものの、これは租税法律主義と矛盾するものではない。したがって、前記の長官通達が同和地区に対する減免の根拠となるとする右所論は採用できない。

ところで、原判決は、「量刑の理由」の項において、「被告人らは、同和団体については特別な取扱いがあると認識し、その様な認識の下で本件各犯行を犯したものであると主張しているところ、当裁判所で取調べた全証拠によっても、そのような税務行政が全くなされていないとまでは断定できず、税務当局側の同和団体に対する不明確な税務行政が被告人らの本件犯行を助長した面は否定できない。」と説示しているところ、その言わんとするところは必ずしも鮮明ではない。関係の各証拠を総合すれば、全自同など同和関係組織が、同和活動の一環として、税務当局側に種々の申し入れを頻繁にした結果、同和関係組織が納税義務者に代行して税務申告をした場合、税務当局は立ち入った税務調査を実施することなく、書面上の形式的審査で申告内容を是認するという扱いをしたことが少なくなく、その結果、本件のような虚偽の領収書等が利用されるという不正行為が、税務当局において本来なすべき積極的な調査等をしておれば発見され是正されたはずであるのに、素通りしたという実態の存在がうかがい得るのであって、原判決のいう「不明確な税務行政」とは、右のようなことを指すのであろうと思料される。しかし、関係証拠によれば、本件においては、納税申告の時期が迫っていわば形式的に全自同の会員になった木下晟を除き、その他の納税義務者は同和地区とは無関係の者であること、被告人両名は、この実情を知った上で、結局脱税の方法として、前記のとおり、虚偽の工事請負契約書、領収書、不動産売買契約書などを用意するという巧妙、悪質な不正手段を講じたこと、ほ脱金額は多く、ほ脱率も五割をはるかに超えていることが認められるのであって、税務当局の前記のような消極的な姿勢が被告人らの本件各犯行を助長したという側面は否定できないにしろ、税務当局の消極的姿勢につけ入り利用したという側面もまた否定できないのであって、本件犯行の犯情を考える上で、それほど過大に評価するのは問題である。この意味で、原判決の前記説示には全面的には賛成できない。結局のところ、被告人両名の刑事責任は重いといわざるを得ない。

なお、谷口に関し、所論は、原判示第三の事実につき、杉谷百登美の納税申告書の作成に必要な書類を北田に渡したのみで、谷口の関与の度合いは低い旨主張している。しかしながら、関係証拠によれば、杉谷と樫木大士とは愛人関係にあり、樫木大士の甥が全自同会長樫木寛邦であったことから、本件は樫木寛邦から谷口に対し脱税工作の依頼がなされたことが端緒となったことが認められるものの、具体的には、坂本がほ脱額などを決定して谷口に連絡し、谷口がこれを北田に取り次いで、不正な税務申告書が作成されたもので、その間谷口は杉谷側と折衝して申告に必要な書類を自己の事務所に届けさせるなどしており、最終的にも、谷口は坂本が所轄税務署に申告書を提出しに行く際に同道したことが認められるのであって、所論が指摘するほど関与の度合いが低いとは到底いえない。

そして、谷口は、本件において、経商連会長の坂本から種々指示を受けて行動していたとはいえ、自らも北田に指示して税務申告書の作成等をやらせるなど、経商連の事務局長という立場にあって重要な役割を担っているのであり、本件を含む一連の脱税請負によって多額の金銭を取得し、それらを同和活動経費に当てたものの、自己のためにも多額の金銭を費消したということも明らかである。

また、北田も、谷口らに頼まれるままに経商連に関わり、長年税務申告業務に携わった経験を利用し、他面では報酬の取得という誘惑に負け、税務申告書の作成等を行ったもので、その果たした役割も軽視し難く、実際に報酬として申告一件につき約一〇万円を受領しているものである。そして、北田は、〈1〉昭和六〇年一二月三日(確定は同年同月一八日)法人税法違反の罪で懲役一年・三年間執行猶予に、〈2〉昭和六二年一一月三〇日(確定は昭和六三年一〇月一二日)横領の罪で懲役二年・四年間執行猶予にそれぞれ処せられているところ、右各事件の判決書謄本などによると、右〈1〉は製缶、溶接、板金等を営む会社経営者から法人税の確定申告等を依頼され、その経営者と共謀の上、架空経費を計上するなどして、三年度にわたり、法人税一億三七四六万円をほ脱したという事件であり、右〈2〉は土地譲渡所得税等の申告を依頼されその納税資金として預かっていた四七〇万円を着服横領したという事件であることが認められ、これらは本件と同種ないし類似の犯行であるというべきで、加えて、北田の本件各犯行は右〈2〉の執行猶予期間中に行われたものである。

次に、被告人両名に関し、有利にしん酌すべき事情をみるに、谷口については、本件を含む脱税の請負によって得た金の弁償として、杉谷百登美に対し二〇〇〇万円を返還したのを初め、ほか数名に金銭を支払ったほか、阪口峯次ほか三名の納税義務者に自己所有の約三六三平方メートルの田(ただし、平成五年三月一〇日付けで雑種地に地目変更)を代物弁済して譲渡しその旨の移転登記も終えるなどしていること、前科としては、傷害罪等による罰金前科二犯、暴力行為等処罰に関する法律違反等による執行猶予付きの懲役前科一犯があるが、いずれも昭和四〇年代のもので古いこと、同和活動自体にも真剣に取り組んできた経歴を有すること、同和団体における役職等はすべて辞任していること、本件について反省の態度を示していること、現在慢性肝炎を患っていることなどの事情が認められる。また、北田については、本件で果たした役割の程度は坂本や谷口に比べればかなり低いこと、谷口らの脱税請負を手伝う過程で、ほ脱率の高さなどから危惧を抱き、谷口らに手伝いをやめたい旨申し出た事実があること、以前から高血圧症兼高脂血症に罹患し、最近ではさらに糖尿病なども患い療養中であることなどの事情が認められる。

以上のとおりであって、被告人両名について検討した有利不利一切の諸事情を総合すると、その他所論指摘の事情を考慮しても、いずれの被告人についても刑の執行を猶予するのは相当といえず、被告人谷口清次を懲役一年六月及び罰金一五〇〇万円(求刑懲役三年及び罰金六〇〇〇万円)に、被告人北田叔男を懲役一年及び罰金五〇〇万円(求刑懲役二年六月及び罰金一〇〇〇万円)にそれぞれ処した原判決の量刑は、懲役刑の刑期及び罰金刑の金額(労役場留置との関係での換算率を含む。)、いずれの点でも相当であり、これらが重過ぎて不当であるとはいえない。各論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青野平 裁判官 重村重男 裁判官 長岡哲次)

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 谷口清次

表記事件の控訴の理由は次のとおりである。

平成六年七月四日

右被告人弁護人 弁護士 提中良則

大阪高等裁判所第五刑事部 御中

第一、被告人は、大阪地方裁判所第一二刑事部で、平成六年二月三日「懲役一年六月及び罰金一、五〇〇万円」の判決をうけたが、この判決は被告人に実刑判決を宣告した点で重きに失し当審で破棄の上、執行猶予付の御判決を賜りたいと考え、控訴した。

第二、

一、原告では罪となるべき事実として、被告人に対し起訴状記載の公訴事実と同旨の事実を認定した上、量刑の理由として、「被告人らは、同和団体については特別な取扱があると認識し、その様な認識の下で本件犯行を犯したものであると主張しているところ、当裁判所で取調べた全証拠によってもその様な税務行政が全くなされていないとまでは断定できず、税務当局側の同和団体に対する不明確な税務行政が被告人らの本件犯行を助長した面は否定できない。」と述べたものの、それ以上弁護人が主張した税務当局の同和団体に対する税務行政の実態についての事実認定を放棄している。

二、しかし、同和団体に対する税務署の取扱は原審で取調べをうけた全ての証拠により、弁護人が原審での弁論で主張した様な「正規の納税額を基準にして、その約半額の納税で足りるとの了解があった。」のである。

この同和団体と国税当局との了解については国税庁長官が出した「同和地区納税者に対し実情に即した課税をしろ」という通達が明白に証明している。

即ち、税務当局の最高位にある人が同和地区の課税については法律にのっとり算出した金額を税金としてとる必要はなく、「実情」に即して税金をとればいいと書面で明確に指示しているのである。そして、この「実情に即した」納税額というのが、法律により算出した税額より「低い」金額であることはこれまた当然のことである。

三、それでは本件での納税者の地区での今までの納税の実態はどうであったのであろうか。

それは、原審で弁護人側が提出した書証や証人、被告人の供述から、「法律により算出された税額の半分」であったのである。

従って、被告人の本件での各納税者に対する働きかけにおいて、「法律により算出された税額の半分」という納税をしていれば被告人は本件で逮捕されることもなかったし、起訴されることもなかった。

そして右の「半分の納税」ということが不正、違法なことではなく、同和地区で右の様な納税を認めるかわりに本来なら国家、つまり行政がその資金(つまり税金)により行われなければならない同和地区住民の生活環境の改善運動を被告人が属していたような私的な団体に肩代わりさせていたのである

四、従って、本件で被告人が刑事責任をとらなければならない脱税請負いによる脱税額は、「法律により算定された納税額の半分」から「本件で納税者が実際に収めた納税額」の差なのであり、被告人に関しては一億八〇〇〇万円程度にすぎず、ほ脱率も五〇パーセント以下になるべきである。

従って、被告人に対し、右の脱税額、ほ脱率で実刑処分を科することは他の同種の事例に比し、著しく均衡を欠き重きに失するものであることは論をまたない。

第三、

一、被告人が刑責を問われている五件の脱税事件で被告人が共謀共同正犯であることは認めるものの、特に脱税額が一番大きい杉谷百登美の件については被告人はほとんど関与していないのである。

二、杉谷百登美は全国自由同和会和歌山県連合会会長という被告人よりも地位の高い要職にある樫木寛邦のおじにあたる樫木大土の内妻であり、同女が脱税対策を依頼し、その対策に際し関与したのは右樫木寛邦であった。

即ち被告人は杉谷の件で樫木大土より税務申告を依頼された際、「杉谷は自分より上の地位にある樫木会長のおじの内妻であり関与したくない。むしろ樫木会長自身がやればいい。」と考え、はっきり拒否し、その後杉谷の件は樫木寛邦会長として、全国自由同和会和歌山県経済商工連合会会長の阪本肇との間ですべて相談し、納税額も決めた事案である。

ただ、被告人は杉谷の件で納税の最終時期になり、申告書を書くように坂本から命ぜられ、坂本から預かった杉谷に関する申告書の作成に必要な書類を実際に申告書を作成する北田叔男にわたしたのみである。

三、従って、杉谷の件について、被告人は共謀共同正犯者として正犯者の刑責は負担すべきであることは否定しないが、被告人が杉谷の件で実際に果たした役割は極めて従犯に近い付随的なもので、坂本、樫木という両会長に強引に命じられ、心ならずも杉谷の件に加担せざるを得なかったものにすぎない。

第四、

一、被告人の地位について原審では全国自由同和会和歌山県経済商工連合会(以下経商連という)の事務局長として坂本に次ぐ地位とみているようである。確かに被告人は形式的には事務局長という要職にあるが、この経商連という組織は坂本がつくり、坂本が運営していた組織であり、坂本がトップで絶大なる権力をふりかざし、坂本以外の人間は誰が「ナンバー2」で誰が「ナンバー3」かという様な序列をつけられるような組織ではないのである。

二、このことは坂本が経商連の方針をすべて一人で決定し、被告人の口のはさむ余地がなかったことや、坂本が被告人らの反対意見を全く耳をかさず、納税率を低くおさえてしまっていることから明白であるし、何よりも経商連の印を坂本が管理していることは、この経商連という組織が完全に坂本一人により牛耳られていたものであることの動かしがたい証拠である。

従って、被告人が経商連の「事務局長」の地位にあったということは被告人が他のメンバーと比べて特別な権限をもっていたことを意味するものではなく、実権を伴わない単なる肩書として古参者の被告人に与えられていたものにすぎない。

よって、被告人を坂本と同等か、もしくは他の者に対し坂本の信頼が特別に厚いもののように認定し、そのことで実刑に値すると評価した原審の判断は誤りであると言わねばならない。

第五、

一、被告人は現在慢性肝炎という病気を治療中であり、また実父の谷口亀代一は七八歳という高齢な上、頚髄損傷による右半身麻痺の身体障害者である上「右側頭葉皮質下出血」で加療中である。

この様な家庭環境の中で、被告人は、家族の生活を支えるため懸命に働いている。

被告人は原審で認定されたように被告人の財産をすべて処分し、本件の事件で迷惑をかけた人々に対し、慰謝に努めてきた。控訴審においても何らかの経済的な対応をしたいのはやまやまであるが、正直いって被告人にはもはや処分できうるような資産もなければ貯金もない。

被告人は、これまでこの様な犯罪の前科前歴はなく、定職をもちながら同和活動に一身を捧げてきた極めて真面目な人間である。本件は被告人の所属していた同和活動団体の誤った路線に巻き込まれてしまった事件であり、被告人は、今後二度とこの種犯罪に関与しないことは断言できる。

二、被告人のたった一回の失敗で刑務所生活を余儀なくさせることは、これまでの税務当局の同和地区行政の実態、本件での被告人の役割そして被告人の生活環境を考えるとあまりにも酷である。

それよりも被告人に対し、最長の長期間でもよいから執行猶予をつけていただき、社会内で更生しうる機会を与えた方がはるかに刑事政策上も利するはずである。

なお、被告人は定住居があり、定職もあるところから保護観察による更生に関しては最適格者であることも御考慮に入れていただきたい。

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 北田叔男

右の者に対する頭書被告事件についての控訴の趣意は左記のとおりである。

平成六年七月八日

右被告人弁護士 齋藤洌

大阪高等裁判所第五刑事部 御中

第一 原判決は、被告人に対し、懲役一年及び罰金五〇〇万円を言い渡しているが、執行猶予を付さなかった点において、量刑著しく重きに失して不当であるから、到底破棄を免れない。

第二 量刑不当について

一 原判決は、量刑の理由として、全体として「犯行態様は、組織的であって、大掛かりなものである他、申告の際に架空の請負工事契約書や領収証などを作成し、正当な納税額の五パーセントから一〇パーセントで申告して、脱税額の半分をカンパ金名目で取得するなど、極めて計画的で悪質であること。」個別的には「被告人は、共犯者谷口清次(以下、単に「谷口」と略称。)に誘われて本件犯行に加担し、また、同人からの指示を受けて内容虚偽の所得税確定申告書等の作成に従事したのであるが、昭和六〇年一二月和歌山地方裁判所で法人税法違反の罪により懲役一年、三年間執行猶予に処せられ、右の罪と併合罪の関係にある横領罪により昭和六二年一一月に同裁判所で懲役二年、四年間執行猶予に処せられ、右裁判は、昭和六三年一〇月一二日に確定、本件犯行はいずれも右裁判の執行猶予中の犯行であり、しかも、脱税に絡む同種事案であることを考慮すると、強く非難されるべきである上、関与して起訴された件数が七件に上り、その逋脱額は合計約四億五、〇〇〇万円と多額で、その逋脱率は約八九パーセントから九八パーセントと高率であって、本件各犯行により報酬を受け取っているのでその刑事責任は重大であること。」を不利な情状として指摘した上、全体として「本件一連の犯行態様が組織的で計画的に行われたのは、共犯者坂本肇会長(以下、単に「坂本」と略称。)の指示によるところがと大きいこと。同和団体については特別な取扱を行う税務行政が全くなされていないとまでは断定できず、税務当局側の同和団体に対する不明確な税務行政が被告人らの本件犯行を助長した面は否定できなこと。」、個別的には「被告人については、脱税の勧誘工作をしたわけでもなく、坂本や谷口の指示を受けて本件各犯行に加担したものであって、同人らと比べて従属的な立場にあったこと。現在病気療養中であること。」など斟酌すべき事情があると認定しながら、諸情状を勘案すると実刑はやむを得ないと判断し、被告人に対し執行猶予を付さなかった点において、量刑著しく重きに失して不当であるから、到底破棄を免れない。

二 全体の情状について

1 本件が極めて組織的・大掛かりで、脱税額の半分をカンパ金名目で取得するなど、極めて計画的であるとの認定及びこれらを根拠に被告人らの行為が悪質であるとの認定は誤っており、本件はそれほど悪質ということはできない。

(一) まず、原判決は、同和行政、特に税務当局の行政の実態から目を背け、誤った認定をしている。

(1) 原判決は、同和団体については特別な取扱を行う税務行政が全くなされていないとまでは断定できず、税務当局側の同和団体に対する不明確な税務行政が被告人らの本件犯行を助長した面は否定できない旨微妙な言い回しで一応の認定をしているが、これは、現行の行政指導に目を背けた誤った認定である。

(2) すなわち、被告人らの公判廷供述、証人原延治、同村岡清和、同楠本一夫、同樫木寛邦、同森下博及び同坂本の各証言並びに弁第四九号証ないし五一号証、六三号証ないし六七号証、一一二号証等の各書証等から次の点が認められる。

〈1〉 同和問題発生の歴史的経過及び未だいわれなき差別が存在しており、同和地区住民の経済的基盤が整っておらず、同和地区住民が経済的弱者にある現状等に照らし、同和問題対策は、本来的に行政が主体となって行わざるを得ないと思料するところ、国家においても、これまで地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律等を制定するなどして、努力をしている。

その結果、同和地区住民に対しては、法令上の納税特別措置等として、不動産取得税、固定資産税、都市計画税、国民健康保険等の各種の税金や公共料金が約五〇パーセント減免されている(五割減免)。

〈2〉 谷口らの同和活動に要する経費は、全国大会、近畿連合会等への各種会合等への出席、動員に要する旅費、宿泊費、日当、通信費、事務所の維持費等であり、谷口が管理する全国自由同和会和歌山県連合会(以下「連合会」と略称)事務局におけるこれらの必要経費を合計してみると、事務所の賃料、事務員の給料を除いて、昭和六三年当時で月額一八〇万円から二〇〇万円(年額で二、一六〇万円から二、四〇〇万円)、平成元年当時で月額二〇〇万円から二三〇万円(年二、四〇〇万円から二、七六〇万円)に達しており、谷口の管理外の同本部や各支部の経費も相当の金額に上っている。

ところが、同和活動を行っている団体に対する国や地方公共団体からの補助金の交付は殆ど零であり、また、同和地区住民に対し会費等としてその経費を負担させることは、同住民の生活水準を考慮すると不可能であった。

従って、同和活動を行っている団体が活動資金を持つまでは、谷口のような一部の活動家が資金を提供していたが、これでは不十分で長続きせず、結局、同和活動に従事する団体がこれらの経費を捻出せざるを得ないのであり、これらの団体は、本件のような税務申告に関与する方法により、同和地区の当該納税者からカンパ金と称する金員を一定の割合で受け取り、それを同和運動の活動費に充てる必要があった。

〈3〉 国税に関しては、昭和四五年二月一〇日付の国税庁長官通達において「同和地区納税者に対して、今後とも実情に即した課税を行うように配慮すること。」と通達され、法令に則った課税ではなく、「実情に即した課税」を行うように指導されている。

その結果、同和地区を管轄区内に有する税務署においては、差別解消に努力する団体が、その団体名等によって同和地区住民の税務申告をなすことを認め、その納税率も、法令により成文化されている「五割減免」の納税特別措置等に準じた減税の取扱が、事実上、行われて来たし、現在も行われている(弁第七七号証参照)。

右団体は、右の納税申告に携わることにより、カンパ金名目で当該各納税者から活動資金を貰い、その金員を当該団体の維持運営資金に充てており、国税側は、この現状を考慮し、一部の団体(全国自由同和会、部落解放同盟、全日本同和会)をいわゆる公認団体として認め、事実上、その活動費を捻出することを認めてきたのである。

右の租税特別措置法等に準じた減税の国税における取扱に関し、本件に関連する査察が行われた後、谷口が和歌山税務署の斉藤総務課長と会談した際、国税側が谷口に「正規の納税額の六〇パーセントの申告でよい。」と伝え、明確に右取扱いを承認している。

谷口の右公判廷供述は、具体的な名前を出しての説明であり、かつ、被告人も同様の事実を公判廷で供述しており、信用性十分であり、一方、検察官はこれに対し何ら有効な反証ができないのである。

(3) 以上のとおり、原判決は、右の租税特別措置等に準じた減税の取扱事実を優に認定できるのに、右取扱事実が公表された場合、税が公平でないとの国民の反応が予測されることを考慮し、敢えて右認定にとどめたものと思料されるのであるが、国民は真実に基づいて裁判を受ける権利があるのであるから、右認定は極めて不当な認定と言わざるを得ない。

(二) 右の租税特別措置等に準じた減税の取扱が、本件全体の動機を形成していることが明らかであるから、原判決において、右取扱を被告人らの有利な情状として高い評価をしなければならないところ、他の情状と優劣のない単なる有利な情状の一つとして上げるに留めるという誤りを犯し、その結果、被告人を実刑に処したものと認められるのであり、原判決は、不当な量刑を行ったと言わざるを得ない。

(三) また、原判決は、右誤りを犯した結果、本件が極めて組織的・大掛かり・計画的である点を悪質であるとも認定しているのであるが、前記のとおり、本来、組織的・大掛かり・計画的に納税申告することが認められているのであるから、この非難が当たらないことは明白である。

2 次に、原判決は、申告の際に架空の請負工事契約書や領収証などを作成し、正当な納税額の五パーセントから一〇パーセントで申告して、脱税額の半分をカンパ金名目で取得するなど計画的で悪質である旨認定しているが、前記のとおり、カンパ金取得は認められていたところ、申告が正当な納税額の五パーセントから一〇パーセントであった事実及び架空の請負工事契約書や領収証などの作成事実について検討すると、これらは、坂本が谷口らを欺罔して決め、あるいは具体的に被告人に指示して行わせたことによるのであって、被告人に重い責任を負わせることはできない。

(一) 被告人らの公判廷供述、証人原延治、同村岡清和、同楠本一夫、同樫木寛邦及び同森下博の証言等によれば、本件は、全国自由同和会本部の教育啓発委員長、近畿連合会顧問、連合会名誉会長で全国自由同和会和歌山県経済商工連合会(以下「経商連」と略称)会長の坂本の指示に従って活動した結果発生したもので、被告人らに被害者的な面が存することが明らかである。

(1) すなわち、連合会及び経商連は、これまで和歌山県で同和活動の権威とされ同和地区住民の尊敬を一身に受けていた坂本のワンマンな指示・指導によって活動し、連合会及び経商連の役員はほぼ同一で、経商連の発足は、坂本の意図に基づいてなされ、いずれの組織も坂本の直接・間接の指示・指導に基づいて行動していたのが実態であり、坂本を除いた各役員が、主体的に行動していた事実は窺われないのである。

(2) 坂本は、平成元年、新和歌浦で行われた経商連の役員会等において、「各支部で納税率にバラつきがあってはまずいので、今後は統一して正規の税の五パーセントから一〇パーセントの申告にする。この点は国税庁、国税局、税務署とすでに話がついている。」旨述べて、谷口らに対し、申告を正規の税額の五パーセントないし一〇パーセントとするよう強力に指示・指導を行った。

部落解放同盟和歌山県連合会の元事務局長の林里美らから、税額を三〇パーセントから五〇パーセントに圧縮することにより、同和地区住民から同和活動資金に充当するカンパ金として納めてもらう方法を教えられて知っていた谷口ら一部の役員は、右税率が余りにも低率だったことから意見を述べたものの坂本は、国税庁等と話がついている旨を繰り返して、右意見を押し切ったのである。

なお、本件検挙後、坂本の国税庁等と話がついている旨の発言が虚偽であったことが発覚し、被告人らが、坂本から欺罔されたことが明らかとなっている。

(3) 谷口らにおいては、自分達が前記のとおり尊敬し、強力な地位を占め、カリスマ的存在の坂本が、右のとおり、国税庁等と話がついている旨言い切る以上、敢えてその言葉が虚偽であるかもしれない疑いをはさむ余地はないのであり、被告人らは、いわば坂本の独善的、かつ、詐術的な指示により本件犯行に巻き込まれた被害者といっても過言ではなく、被告人らには同情すべき事情がある。

(二) 架空の請負工事契約書や領収証の作成は、これも坂本の指示に基づき、その殆どが坂本の直轄下の前記村岡清和及び楠本一夫らが自ら、あるいは、被告人に指示して行っていたのである。

3 以上のとおり、本件は、前記租税特別措置等に準じた減税の国税における取扱の存在が発端となり、坂本の独善的な支配によって行われたものであるところ、被告人の本件犯行はそれほど悪質とは言えないのに、原判決は、右事情を正確には認定・評価をしていない結果、坂本を除く被告人らの犯行をも極めて悪質と認定する誤りを犯したものである。

三 被告人の個別の情状について

1 原判決は、被告人の個別の情状を前記のとおり認定するが、本件の関与件数・逋脱額・逋脱率・報酬・前科などを不当に重く評価する一方、被告人の有利な情状を不当に軽く評価した結果、バランスを欠き、被告人を実刑に処す誤りを犯している。

2 原判決は、被告人が勧誘行為を一切しておらず、従属的な地位にあったことを認定しているが、被告人は、連合会等の組織に属しておらず、谷口の関係からやむを得ず、坂本の直接・間接の指示に基づいて税務申告にかかる金額を計算等をしたものであって、実質的には、いわば計算機の役割に過ぎない従犯である点を看過している。

3 被告人の本件の関与件数が多く、逋脱額が高額で、逋脱率が高率であるのは、坂本の前記のとおりの欺罔が存した上、本来、谷口の管轄外で、事務局が関与すべきものでない事案(判示第一の木下勝二分、第二の木下晟分、第三の杉谷百登美分、第四の二の小島宏之分及び第五の土井忠次分は、いずれも坂本の管轄下の田辺支部が扱った事案である。)に関与させられたためであり、被告人が多忙を理由に拒絶したのにかかわらず、坂本の谷口に対する強力な指示によって関与させられたものであって、この経緯を評価しないで、結果のみを評価するのでは、被告人に酷である。

なお、逋脱率が九五パーセントを超えるものがあるが、これは被告人が入手した資料中に被告人に判らない圧縮分があり、かつ、村岡清和の具体的な指示に従って計算した結果であることに留意する必要がある。

また、本件の対象が不動産の譲渡所得であり、本件当時、バブルによる不動産価格の異常な高騰のため、税額が極端に高くなったことから脱税額が多額になったのであり、偶発的な結果である点も評価する必要がある。

4 被告人の利得は、他の共犯者とは異なり、一件約一〇万円の手数料収入であり、脱税に関与した昭和六三年から平成二年までの三年間で、谷口から入手した金員は不起訴分を含めて約三、二五〇万円であるが、その一部の税金の計算を友人に頼んで、右金員から四〇〇万円~五〇〇万円を同人らに支払っている。

右手数料は、弁第九一号証の比較から明らかなように、手数料としては極めて廉価であり、不当な利得とは言えない上、納税者からの請求に対し、返還すべき理由がないが、改悛の情に基づき、約二三八万円を支払っている(弁第八七・八八号証)。

なお、被告人は、右金員を谷口からのみ交付されたもので、カンパ金の授受にも立ち会っていないのである。

5 被告人は、勤務先が倒産し給料も貰えず、生活費に窮していた際、谷口の要請によって、同人の仕事を手伝うようになったが、その普段の仕事は、会員の行政手続き、金融業の登録手続き、建設業の認可手続き、金融機関に対する借入れ申込書類の作成等であり、税務申告手続きの関与は一部であった。

被告人は、他の同和団体の現実の申告率も知るようになり、正規の税額の約一〇パーセントの申告率を坂本が指示したことで、危惧を抱き、連合会の中元良行副会長及び谷口に対し、同人の手伝いを辞める旨申し入れたが、同人から、懸念がないようにするので、税金の計算のできる人が見つかるまで手伝って欲しい旨懇請され、また、全国自由同和会が自由民主党の外郭団体と聞いていたこともあって、やむなく関与したもので、同情すべき事情があり、同種前科があること、執行猶予中の犯行であることを重く評価することは酷に過ぎる。

6 その他の情状

被告人には、原判決が指摘した有利な情状以外の諸情状が認められる。

(一) 被告人は、捜査・公判を通じて、自己の犯行を素直に自認し、相当長期にわたって勾留され、新聞等のマスコミで大きく報道され、既に社会的制裁も十分に受けていると認められる。

(二) 被告人は、同種前科一犯があり、異種事件での執行猶予中に本件各犯行を敢行しているが、前記のとおり、自ら望んだものではなく、かえって拒絶したものの、乞われてやむなく関与したものであり、計算機の役割をしたに過ぎなく、その刑事責任は軽微であると認められ、また、同種前科の内容と本件とは事案を異にしており、常習性も認められない。

(三) 被告人は、本件を十分に反省し、これまでの生活を根本から変革しようと考え、保釈後、共犯者らとの付き合いを避けて、経理等の業務を行わない一サラリーマンとして農園で稼働し、今後の監督を誓約する内妻淡路登規子と共に地道な生活を営んでいる。

この様な被告人に再犯のおそれは認められない。

(四) 被告人が実刑判決を受けるようなことになれば、右淡路の生活が成り立たないことも斟酌する必要がある。

(五) 被告人は、本件逮捕前から高血圧症兼高脂血症に罹患し、食事等に気を付けていたが、保釈中の平成五年七月三〇日、突然倒れ、糖尿病、高血圧症等により、西和歌山病院に入院せざるを得なくなり、同年九月一一日に退院したものの、食事・薬事療法はもとより、通院しながら自分でインシュリンを注射しなければならず、手足のしびれやめまいに悩まされ、更に、慢性肝炎にも罹患しているところ、この様な体調を十分に考慮する必要がある。

7 これらの個別の情状からも、被告人に対し、執行猶予を付けるべきであることは明白である。

第三 以上のとおり、原判決は、被告人に対し、以上の被告人に有利な情状面を十分考察・評価して執行猶予を付すべきところ、これらの諸情状を十分評価しないまま実刑判決を言い渡した点において量刑著しく重きに失するから、到底破棄を免れないものである。

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